過激純愛 part3


321 :ドキュソ兄@94 ◆DQN/lN.8uc :03/03/13 15:04 ID:???

 鎌倉に着いたのはいいが、実は右も左も知らない。
 駅の改札を出て人が流れる方向に歩き、大通り沿いにあるお店を見物した。
横浜中華街で売っていたような大きな豚饅頭をひとつ買い、二人で半分ずつ
に分けた。俺にとっては三、四口で食べられる程度の片手サイズなのに、妹
が小さいのか豚饅頭が大きいのか、妹はそれを子供のように両手で持つ。
「お前の方が大きいんじゃねえか?」
「え? あ、じゃあこっち食べますか?」
「いや、要らねー」
「・・・・・・」
 妹はひとつの事をこつこつとやるタイプだが、一度にふたつの事をやれる
ような器用なタイプではない。歩きながら豚饅頭を食べるとぽろぽろと食べ
かすをこぼし、食べかすが服についてないか気にしていると足が止まり、俺
との距離が開く。この辺の鈍くささは昔っから変わらない。
「そこで座って食べようか」
「あ、はい」
 俺と妹は、大通りの真ん中にある植え込みの柵に腰掛けた。
「何か飲むか?」
「ん・・大丈夫です」
口をもぐもぐさせながら妹が答える。
 食べ物が入ってふくらんだ妹のほっぺをつんつんとつついて悪戯すると、
ちょっと楽しそうに妹が笑った。








 大通りの先は、鶴岡八幡宮だった。
「わあ、きれいなお庭だなあ」
 境内を庭というのかどうかは分からないが、確かに庭園風で綺麗だった。
俺は妹の手を引いて、敷地内をぐるりと一周する遊歩道を散歩した。妹は、
きょろきょろと周囲を見回したり、餌に群がる池の鯉を楽しそうに眺めたり
していた。その顔は、家の中ではあまり見られない無邪気なものだった。
「楽しそうだな、お前」
「だって、家にこんな大きな庭があったら楽しそうです」
「掃除とか手入れが大変そうだな」
「探検が出来ちゃいます」
「遭難しそうだな、お前」
「あ・・そうかもしれないです」
 池のほとりにある桟橋のような所で、そんなくだらない話をした。楽しい
時間だったが、刻々と夕方が差し迫ってくるにつれ、二人の口は重くなって
いった。日が暮れれば、この旅は終わってしまうからだ。
「帰りたくなくなるよな、こうしてると」
「・・はい」
「もっと早めに計画してたら、もう一泊でも二泊でも出来たのになあ」
「はい。残念です・・」
 時計の針は、午後三時を回っていた。
「これ以上ここにいると本当に帰りたくなくなっちゃうから、帰ろうか・・」
踏ん切りをつけるために俺がそう言うと、
「・・お兄ちゃんがいるなら、家出してもいいです」と妹がつぶやいた。
「馬鹿言うなよ・・」
「・・・ごめんなさい」






 結局、俺達は鶴岡八幡宮をお参りしてから、帰る事にした。
 鎌倉にはJR横須賀線も通っている。快速とか急行があるかもしれないが、
電車の本数も少なく各駅停車しかない江ノ電を選んだ。
「駆け落ちかあ・・」
駅に向かう道の途中で、妹がまたそんな事をつぶやいた。
「そういうわけにもいかないよなあ・・」と返す俺。
「でも、ロマンチックです」
「そうだな」
「誰も知らない町とかにたどり着いて、二人で頑張って暮らすんです」
そう言う妹の手には、鶴岡八幡宮のお守りが握られていた。たとえ話のはず
だろうけれど、まるでお守りの御利益に願掛けをしているようにも見えた。
「ロマンチストなんだな、お前は」
「それで、お父さんとか学校の友達とかがちょっと悲しんでくれるんです」
「・・・・・・・」
「あ、ごめんなさい・・。もう言いません」
「ん・・いや、いいよ」
「あ、でも・・ごめんなさい」
 改札を抜ける時につないでいた手を離し、改札の向こうで俺はその手を妹
の肩に回した。本当は、ぎゅっと強く抱き締めたい気分だった。
「でも、頑張れば来年は二人で暮らせるよ」と、俺はなぐさめるが、
「あ、はい。もう無理は言いません・・」と、妙に反省している返事。
「別に怒ってないよ。出来れば、俺だってこのままどこか行きたいよ」
妹の肩をぽんぽんと叩いて、出来るだけ明るくそう言った。






 のんびり帰りたい時に限って電車というのはすぐ来るもので、おもちゃの
ような江ノ電の車両がホームに入ってきた。
「あ、そういえば・・」
「ん? どした?」
「プリクラ、撮ってません・・湯河原の。ショックです」と言って、うなだ
れる妹。今回の旅行はまだ親元にいる内なので、用心して写真も撮ってない。
せめてプリクラぐらいは撮っておきたかった気もする・・が、もう遅い。
「よし、戻って撮ってくるか」と冗談を言うと、
「え?」と、妹が驚いた顔をする。
「冗談だよ。また来年にでも遊びに行こうぜ」
そう言って、江ノ電に乗り込んだ。
「あ、はい。行きたいです」
そう答えて、妹も後に続いて電車に乗る。
「来年はさ、ちゃんと写真撮ろうな」
「あ、はいっ」
妹は、少し元気に答えた。
 そして電車のドアが閉まった。どこも見て回れなかった鎌倉ともお別れだ。
「揺れるよ。おいで」
そう言って、ほっそりとした妹の腰に手を回して支えてあげる。妹は何も答
えず、黙ってしがみつくように俺の胸に顔を埋めてきた。俺は妹の髪を撫で、
(愛してるよ・・)と、耳元でささやいた。
すると妹は背伸びをして、同じように俺の耳元でささやき声で返事をした。
(わたしも愛してます・・)
耳をくすぐる妹の吐息に、小さな幸せを感じた。







 数時間前にも見た同じ車窓の景色が、もう幾日も前に見た景色のように懐
かしく感じられる。旅の終わりというのは、こうだから寂しい。
 妹も俺の胸にもたれ掛かりながら、窓の外の景色を黙って見つめていた。
妹の髪から香るシャンプーの匂いが、いつもの匂いと違う。宿の内風呂に置
いてあったシャンプーの匂いだった。
 俺は、自分のすぐ鼻先にある妹の頭のてっぺんに、そっとキスをした。す
ると窓の外を見つめていた妹が、くるりと俺の顔を仰ぎ見て微笑み、その頭
のてっぺんに手のひらを当てた。何の意味があるのか分からないが、その仕
草がとても可愛らしく、くすりと笑わずにはいられなかった。
「えへへ」と、妹もつられて笑った。
 たまに、妹が自分の子のように感じられる時がある。この時もそうだった。
子供の頃、寝起きのぼさぼさ頭を母親に直してもらっている最中に、むずが
ゆい照れくささを感じた。礼も言わずに玄関を飛び出すが、振り向くと母親
は微笑んでいた。俺はそれ以来、母親に髪を触られるのを嫌うようになった。
母親が嫌いだったわけではなく、母親の優しさに照れてもじもじする自分の
姿を思うと赤面する。それが嫌だったのだ。
(小さな楽しみを失って、母親は寂しかっただろうか?)
そんな事を考えながら妹の髪を撫でていると、
「うふふ」と妹がくすぐったそうに笑い、もじもじする。
「どうした?」と聞くと、
「何でもありません」と言いながら、妹が照れ笑いをした。
 母性と呼ぶのか父性と呼ぶべきなのか、親のような気持ちで妹の髪を撫で
ているのを妹もむずがゆく感じたのかもしれない。俺はその小さな幸せに、
目を細めて笑った。その顔は、母親のあの微笑みと似ていたかもしれない。






 藤沢駅で江ノ電から東海道線に乗り継ぎ、品川で山手線、さらに地元の沿
線に乗り継いで、俺達は手をつないでシートに座っていた。
「もうそろそろですね・・」と、妹がつぶやく。 
「うん。あと十分ぐらいかなあ」と答えると、旅の終着点が限りなく近い事
を実感したのか、俺の手を握る妹の手が弱々しくゆるんだ。
「どこかで飯でも食って帰るか?」
「お兄ちゃん、お腹空いてますか?」
「わかんない・・」
 実は、空いてる空いてないではなく胸がいっぱいで、食欲なんかどうでも
よかった。旅を一分でも二分でも引き延ばすための口実が欲しかっただけだ。
「お父さんにご飯作らなくちゃ・・」と、妹は現実的な言葉をつぶやいた。
「そっか・・」
 どちらかというと、俺の方が妹より子供じみた考え方だったようだ。でも、
きっと思いは同じで、妹も旅を続けたかったはずだ。そうでなければ、親父
の夕飯の事など気にしなかったはずだ。
 だから、俺は努めて明るく振る舞った。
「夕飯、今夜は何だ?」
「えっと・・」
恐らく冷蔵庫の中身でも思い出しているのだろう。斜め上を見つめる妹。
「何か食べたいものありますか?」と聞かれて、
「うーん・・とりあえず、帰りに一緒に買い物に行こうよ」と答えると、旅
の時間が延長された事がうれしかったのか、
「あ、はいっ」と、少し元気に妹が返事をした。そして俺の手を握る妹の手
は、さっきよりも元気になった。






 地元の駅に着いて電車を降りると、俺は家に電話を掛けた。
「はい、○○です」と、無愛想気味に親父が電話に出る。
「○○だけど、今、妹と駅で会ったよ。夕飯の買い物に付き合って帰るから」
 ただのアリバイ工作のつもりで掛けた電話だったのだが、
「俺は飯食った。お前達もどこかで食ってこい」と、思わぬ収穫があった。
電話の向こう側に人の気配のするので、親父の彼女が家に来ているのだろう。
彼女の手作り料理でも食べたのだろうか。
「ああ、わかった。一緒に飯食って帰るよ」
そう答えて電話を切った。
 妹は親父の彼女が苦手らしいので、このまま帰って鉢合わせさせたくない。
それに、キッチンは妹の聖域だ。そこで料理の後片付けをしている他人の姿
など、妹には見せたくないし、俺もあまりいい気がしない。
 せっかく旅のタイムリミットが少しだけ延長されたので、親父の彼女が来
ている事は妹に伏せて、残りわずかな時間を過ごす事にした。
「親父、飯食っちゃったらしいよ。どこかで飯食ってきたらどうだ?ってさ」
「あ、そうなんですか?」
 普段の俺は、妹の買い物に付き合う事など滅多にない。たまには一緒に買
い物に行きたかったが、今は家に帰るわけにもいかない。
「買い物行こうと思ったのに・・どうしよっか?」
急に時間の延長が許されたので、何をするか思いつかなかった。
「あ、じゃあ・・お兄ちゃんとプリクラ撮りたいです」
「そうするかあ」
 二人旅の終着記念に、地元でプリクラを撮るのもいいだろうと思い、この
際は妹のアイディアに乗る事に決めた。






 駅に数軒あるゲームセンターの内、二軒をハシゴした。
「あ、なんか人が集まってますよ」
 二軒目のゲームセンターでは、携帯電話で撮った写真をプリクラに出来る
新しい機械のロケテストをやっていた。残念ながら、俺達の携帯電話は写真
機能が付いていない。
「残念だったな。今度、お前の携帯も買い換えて一緒に撮ろうな」
「あ、はい」と返事をしてすぐ、
「あ、そうだ・・!」と妹。
「んあ?」
「人がいないうちに・・あの・・・」
もじもじしながら何かを言いたげにしている妹を見て、何がしたいのかを察
した。今のうちに、キスしてるプリクラを撮りたいという事だろう。
「ああ、わかった。いいよ」
「わあ、やったあ。じゃあ、一番奥にあるやつで」
 めずらしく妹が積極的に俺の手を引き、人混みからは目立たないプリクラ
に俺を引っ張り込んだ。そして、この機会を逃すまいと、妹はあわててお金
を財布から出してマシンに入れ、せかせかとフレームの絵を選んだ。
「ムードのかけらもないな」と俺は笑うが、
「お兄ちゃん、早くこっち向いてください・・!」と、妹は必死だった。
『3・2・1・・』というマシンのカウントが始まる前から、妹はちょっと
背伸びをしてキスをしてきた。俺がゆっくりと妹を抱き締めると、プリクラ
のカウントが終了した。しかし、お互いにすぐには唇を離さず、何時間かぶ
りのキスの感触を楽しんだ。






 マシンが、写真に落書きをするかどうかの誘導アナウンスをしゃべり始め
ると、妹はそっと唇を離して、恥ずかしそうにえへへと笑った。
「落書きするから待っててくださいね」と妹。
「ああ」と俺は返事をし、妹が落書きを終えるのを待った。
 以前に撮った時もそうだったが、妹は俺を名前で書かずに“お兄ちゃん”
と書いて、OKボタンを押してしまった。
(お前・・それじゃ人に見せられないだろうに・・・)
頭は悪くないのに、どうしてそういう所は間が抜けているんだろう。
「“お兄ちゃん”じゃ、また人に見せられないな」と教えてやると、
「あ・・・」と言って、妹はフリーズした。
「あはは」と、たまらず俺が笑う。
「も、もう一枚、もう一枚お願いします!お兄ちゃん、お願いします!」
必死にお願いをする妹が可愛らしかった。
「いいよ。じゃあ、今のは二人だけのプリクラにしよ」
「あ、はいっ!」
 結局この後もう一回キスをしているプリクラを撮って、今日は六種類のプ
リクラを撮った。
「わあ、またお兄ちゃんとのプリクラが増えました」と、妹はご機嫌だった。
「俺、あんまりプリクラなんか撮らないんだぞ」と言うと、撮ったプリクラ
のシートを半分に切り分けながら、
「わあ、じゃあレアですね」と、妹はさらによろこんだ。






 このまま家に帰っても夜になって腹が減るだろうから、モスバーガーに寄
って何か食べてから帰る事にした。
「店内でお召し上がりになりますか?」と店員に聞かれた時、店の奥の席に
顔見知りの奴がいる事に気が付いた。記憶違いでなければ、高校の時の後輩
だ。あまり柄の良くない連中と一緒にいる。
「あ、いえ。持ち帰りでお願いします」と答えると、妹が不思議そうな顔を
して俺を見つめた。
(奥に知り合いがいるから、公園で食べようぜ)と妹に耳打ちをすると、妹
はくるりと奥に背を向けて、奥にいる後輩から俺を隠してくれた。出来れば、
旅の終わりまで誰にも邪魔はされたくないし、昔の知り合いとはなるべく話
をしたくない。ましてや今は妹と一緒にいるので、トラブルの元になりそう
な輩には近づきたくなかった。
「あ、お金、わたしが払います」と妹は言い、俺に店の外へ出るよう促す。
「あ、ああ。後で払うよ」と言い、俺は店の外へ出た。
 煙草を取り出して火をつけ、隣のビルの影で妹を待つ。
(再来年・・二人で住むようになっても、こんな事をしなきゃならないのか
な・・・。何だかあいつが可哀相だな・・・)などと考えていた。
 家を出たら、なるべく俺の知り合いが居なさそうな町を選ぼうと思った。
こんな調子で妹に気を遣わせていては、妹が落ち着いて勉強を出来やしない。
今まで窮屈な暮らしを強いられていた分、妹には羽根を伸ばさせてやりたい
し、将来のための勉強をちゃんとさせてあげたい。
(一時の悪事で、いつまでも祟られるもんだな・・)と、自分の過去を反省
するばかりだった。






 妹が店から出てきた。
「お待たせしました」と言い、店の袋をひょいっと軽く持ち上げて見せる妹。
「ほれ、金」と言い、二千円ほどを渡そうとすると、
「あ、今日はわたしもおこづかいを持ってきましたから」と言われた。
「いいよ。お前のこづかいなんて、たかがしれてるんだから・・」と言うと、
「あ、でも・・これ、お兄ちゃんのお金みたいなもんです」と妹。
「ん・・・・・?」
俺は事情がよく飲み込めなかった。
 すると妹は財布から何枚かのお札を取り出して、
「あの、これ・・お兄ちゃんのお金なんです」と言って手渡そうとする。
「あ、まさか・・・」
「あ、はい。今まで“アレ”でもらってたお金です」
 まだ俺達がヨリを戻す前の頃、俺は妹にお金を払って性欲を処理してもら
っていた事がある。妹の言う“アレ”とは、それの事だ。何度か、その金の
使い道が気になった事があったが、ヨリを戻してからは気まずくて聞けない
でいた。まさか今日ここで、それを知るとは思ってもみなかった。
「はは。い、いいよ・・要らないよ」と、俺は言うのだが、
「でも、旅行でたくさんお金を使わせちゃいました」と、俺を気遣う妹。
「てか、ごめんな。あんな事させてたの・・。いつか謝らなくちゃって、ず
っと気になってたんだよ、俺・・。マジでごめんな・・」
せっかくの機会だから、俺は心の底から本気で妹に謝った。
「あ、別に・・わたしは・・。あの・・謝らないでもいいです」
「でも、お前に風俗嬢みたいな真似させちゃって・・」
「あ、あ、でも・・わたしはお兄ちゃんが好きだったからいいんです」






 内容が内容なので時折声をひそめながら、俺達は公園に向かう道を歩いた。
「それ、お前が遣いなよ。アホみたいな言い方だけど、大切に遣いな」
俺は苦笑いをしながら、金を財布にしまうように妹をジェスチャーで促した。
「でも、わたしちょっと遣っちゃったりしたです」
あまりにも俺が謝るものだから恐縮したのか、妹は言葉遣いがおかしかった。
「したですってか・・ん、まあ、好きに遣いなよ」
「あ、はい。わかりました。ありがとうございます」
「いや、礼なんか言うなって・・マジでごめんな」
「わかりましたから、お兄ちゃんも謝らなくていいですよ」
「うん、そっか・・うん。じゃあ、仲直りな」
「あ、はい。でも、喧嘩なんかしてないです」
「そうだな。うん、でもそういう事にしといてくれ・・」
「あ、はい。わかりました。仲直りです」
「さんきゅ・・」
 バツが悪かった。さっきの後輩の件といい、この件といい、悪さをすると
後々まで祟られるという事を改めて思い知らされた。
 そんな俺の気持ちを察したのか、妹はそっと手をつないでくれた。地元で
は決してつながない手を“ぎゅっぎゅっ”と、二度ほど握ってくれた。その
際、妹は余計な事は何も言わない。おそらく“ぎゅっぎゅっ”は、『元気を
出してください』の言葉の代わりなのだろう。
 俺は反省の言葉の代わりに、もう一度だけ妹に礼を言った。
「さんきゅ」
 それに対しても、もう一度“ぎゅっぎゅっ”で応えてくれた。






 公園に着くまでには、妹の“ぎゅっぎゅっ”のお陰もあって、俺はすっか
り元気を取り戻していた。
「あのさ、再来年、どこに引っ越そっか? どこ住みたい?」
「わたしは、お兄ちゃんと一緒にいられるならどこでもいいです」
「んー。お前が洋服のデザインの勉強するなら、洋服の店がいっぱいある所
とかがいいよな。代官山とか、シモキタとか、巣鴨とか・・」
「シモキタ・・ですか?」と、巣鴨のボケをスルーする妹。
「うん、下北沢。一緒に行った事なかったっけ?」
「あ、古着屋さんに行きました」
そんな話をしながら、公園沿いの通りからは目立たない場所にあるベンチに
座った。夕暮れ間近なので、あまり人がいない。犬を散歩させている人と、
少し離れたベンチにカップルが一組。それだけだった。
「あ、そうだ。お前のパソコンにもイラストレーターとかフォトショップを
インストールしてやるよ。メモリを増やせば使えると思うから」
「あ、前に言ってたイラストを描くソフトですね?」
「そうそう。本格的に使った事ないから俺もよく分からないけど、ちょっと
ぐらいなら教えてあげられるよ」
「わあ、教えてくれるんですか?」
「うん、いいよ。今度、ウィンドゥズ版をCDRに焼いてもらってくるよ」
「わあ、よく分からないけど、お願いします」
妹はそう返事をしながら、買ってきたハンバーガーの包みを開け、俺に渡し
てくれた。続いて、飲み物にストローを刺して渡してくれる。
「ありがと」と礼を言うと、妹は下を向いて照れくさそうに笑った。







 妹は俺が一口食べたのを見てから、ようやく自分の分を袋から取り出し始
める。根っから世話好きなのか古風な性格なのか、妹はあまり自分を兄の俺
と同列に置かないようにする傾向がある。
「おいしいですか?」
「うん」
そう答えると、やっと妹も自分の分を食べ始めた。
「一緒に住んだら、俺に料理とか教えてくれよ」
「え、あ、はい。でも、お兄ちゃんはカレーとか作れるじゃないですか」
「ああ、あれぐらいなら作れるけどな。あと、家事も分担制にしような」
「え、いいですよ。わたしがやりますから」
 妹の控え目な所は好きだが、父親の影響下で培われてしまった癖だけは、
ゆくゆく時間を掛けて取り除いてあげたいと思う。それには、俺も妹のお世
話になってばかりでいてはいけないと思う。
「専門学校ってのはな、将来に結びつく勉強ばっかりだから、今までみたい
に家事と両立なんて出来ないぞ」
「え、あ、じゃあ大学に行きます」
「おいおい。そんなに簡単に進路を変えるな」
「あ、はい」
「俺は大学だから、お前の手助けする時間なんてたくさんあるんだし」
「あ、でもわたしは・・お兄ちゃんの事は何でもわたしがしたいんです」
ものすごく真剣にそう答える妹に、
「うーん・・・」と、考え込んでしまった。
(まあ、先の事はゆっくりでいいか・・)
将来の事はひとまず置いといて、まず先に俺から変わっていこうと思った。






 モスバーガーを食べる時のお約束というか、妹だからこそのお約束という
か、妹が食べこぼしで服にシミを作った。妹が水道でハンカチを濡らしてシ
ミを取っている間に、旅の帰りを待ってくれているスレッドみんなに報告の
レスを入れた。時刻は、もう午後6時半だった。
「お待たせしました。ごめんなさいっ」と、妹が戻ってきた。
「もう夜だよ」と言うと、
「あ、待たせちゃってごめんなさい」と、もう一度謝る妹。
「いやいや、そうじゃなくてさ。旅行、まだ途中なんだよな、俺ら」
「あ、そうですね。家に帰るまでが旅行ですもんね」と、真面目な顔で妹。
「あはは。修学旅行かよ」と、俺は笑った。
 いつの間にか公園内の電灯が灯っている。
「帰るの・・もったいないです。すごく楽しかったです」
「・・駆け落ちしちゃったら、もっと楽しかったかもな」と冗談を言うと、
妹はそっと俺の腕に手を回してきた。
「そういうわけにもいかないですもんね・・」
「いかないな」
「でも、お兄ちゃんがたくさん好きって言ってくれました」
「うん」
「あと、たくさん優しくしてもらえました」
「そっか」
「あと、たくさんキスしました」
「そうだな」
「はい。うれしかったです・・」
 俺は、妹の頭を二、三度ほど撫でてあげた。






 西の空の茜が紺に変わり、すっかり夜になった。
 何をするわけでもなく、ただ黙って寄り添っていると、
「お兄ちゃん・・キスしたいです」と妹がつぶやいた。
「馬鹿、ここは地元だぞ」と返すと、
「あ、ごめんなさい・・」と、妹は謝った。
 そして、またしばらく沈黙した。
 俺は、妹の肩を抱いていた。妹は両手を膝の上に乗せてただ座っていた。
おれは、その手を黙って見つめていた。小さな手。傷だらけの手。働き者の
手。俺が大好きな手だ。そして、その手がぎゅっと握られた。
「キス・・しよっか」と、俺がつぶやいた。
「え、でも・・」
「誰かに見られてばれたら・・噂になる前に駆け落ちしちゃおうぜ」
その言葉に、妹が驚いた顔をした。
 俺は片足をベンチの上に乗せて妹の方に向き直り、妹の腕をちょっと乱暴
めに引っ張って妹を抱き寄せた。妹は、弱々しく俺の胸の中に崩れ落ちる。
「あ・・・」と、妹が微かな声を漏らした。
 そして俺は、妹のあごを持ち上げて唇を奪った。
「ん・・・」
唇と唇の間から妹がまた微かな声を漏らす。そして、行き場もなく中途半端
に胸の前で遊んでいた小さな手が、俺の胸から遠慮がちに両肩へ移動した。
「ん・・ん・・・」
キスが次第に荒々しさを増すと、覚悟が決まったのか雰囲気に飲み込まれた
のか、妹は俺の首に腕を絡めて抱きついてきた。






 激しくキスをする俺達の目の前をすでに幾人かが通り過ぎて行ったが、俺
達はキスをやめなかった。ずいぶん長い時間キスをしていたと思う。
「お兄ちゃん・・わたし・・・」
妹が何かを言いかけて、そのキスにようやくストップがかかった。
「・・ん?」と、俺が問い返すと、
「わたし、お兄ちゃんのお嫁さんになりたいです・・」と妹が言った。
「え・・」
普段ならうまい言葉のひとつも出てきた事と思うが、“好き”とか“愛して
る”を通り越して飛び出した妹の思いがけない言葉に、俺は意表をつかれて
返す言葉が出てこなかった。
「わたし、わたし・・お兄ちゃんが大好きです」
「・・うん、わかってるよ」
「でも、時々自信がないんです・・」
「・・不安なのか?」
「わたしじゃいつか飽きられてしまうかも・・とか思っちゃいます・・」
「そんな事、言わないでくれよ・・」
「でも、飽きられてもずっとお兄ちゃんの傍にいたいんです・・」
そう胸の内の不安を吐き出して、妹はぽろぽろと涙をこぼし始めた。
 妹の切ない想いと涙が、ずきんと俺の胸を突き刺した。妹の不安を一発
で消し去る魔法の言葉があれば、金を出してでも欲しいとさえ思った。
(こんなにお前を好きなのに、どうして不安がらせてしまうんだろう・・)
「俺は・・俺も・・」と、言葉が続かない。






 俺はしどろもどろになりながらも、妹の涙を止めようと努力した。
「俺がこんなにお前を好きになったのは・・いや、お前が俺を好きにさせた
・・違うな。んと、お前が一途に俺を想ってくれなかったら・・」
「・・・・・・」
「えと・・俺をここまで“お前が好き”ってさせたのは、お前なんだよ・・
って、あれ? 陳腐だな・・もっと他に言いたい事があったのに・・」
 出てくる言葉はどれもぼろぼろだった。伝えたい想いはただひとつなのに、
うまく表現出来ないのが恰好悪くて情けなかった。
「えっとな・・」
「・・はい」
「んー、俺もずっとお前の傍にいたいし、死ぬまでずっと傍にいてほしい」
「・・ほ、本当ですか?」
「うん。絶対の絶対に本当の本当。でもな・・」
「・・はい」
「こんなふうに俺に思わせてるのはな、お前の一途な想いの力だよ、絶対。
俺がお前を好きにさせたのは、お前だよ。他の誰かがお前の真似をしたって、
絶対に出来ない事だよ」
「わたしが・・お兄ちゃんをわたしの・・」
「・・・ん?」
「あれ? わたしの・・あれ? うまく言えません」
「あはは、難しいだろ?」
「はい。うふふ」
 ちぐはぐで不器用なやり取りだったけれど、何とか泣きべそをかいていた
妹に笑顔が戻ってきた。






「つまりさ、こういうのって言葉とか理屈じゃないんだよ、多分」
「はい。どれだけお兄ちゃんが好きか、わたしも難しくて言えません」
「じゃあさ・・・」
「はい」
「難しい事は抜きにして、キスしてよ」と、俺が明るく言った。
「あ、はいっ」と、ちょっと元気に妹は返事をした。
 俺は、妹の涙の跡を手の甲で拭ってあげた。
「よし、もう泣いてない。準備オッケー」
「あ、じゃあいきます」と言って、妹は背筋を伸ばした。
「うん」と俺。
 妹は、そっと俺の肩に手を添えてから唇を近づけてきた。つんつんと二、
三度ほど唇を触れさせてから、首を傾げて一度軽く俺の上唇を吸い、今度は
逆に首を傾けて軽く舌を挿し入れながらキスを深めていく・・。
「ん・・」と、キスをしながら声を漏らす所が可愛い。
 そして妹の愛撫はいつしか下唇に移り、何度か小さな音を立てて軽いキス
をしてから、ゆっくりと俺から唇を離してゆく。
「・・・・てへ」と恥ずかしそうに笑って、妹はよそを向いた。
 俺はちょっと唇に残る余韻に浸ってから、
「お前のキス・・大好きだよ。これからもずっとしてくれよな?」と言った。
「はい。あ、でもこれ、お兄ちゃんので覚えたキスです」
「馬鹿、俺のキスはもっとすごいんだってば」
「あ、してほしいです・・とか言っちゃって・・」
 妹のリクエストに応えて、今度は俺から妹にキスをした。






 旅行の最後は、地元の公園での長いキスで締めくくられた。
 たった二日の旅行だったが、俺は十代最後の夏の終わりにいい思い出を作
る事が出来た。来年も再来年も夏は来るけれど、この夏はもう二度と手に入
らない。そんな大切な夏を妹と過ごせた事に、この上ない幸せを感じた。
「ああ、終わった終わった。十代最後の夏・・」
「あ、お兄ちゃん、十代最後の夏だったんですね」
「うん、この旅行もそうだったけど、この夏は全部が楽しかったなあ」
 公園から家へ向かう道を二人で歩きながら、この夏のすべてを振り返った。
そして、今まさにその夏が終わろうとしている。充実していた反面、夏との
別れが惜しいよう気もする。
「わたし、今までの夏で一番楽しい夏でした」
「俺も、今年が一番だったなあ・・」
 こんな風に夜の住宅街をのんびり歩いていると、湯河原の夜の散歩を思い
出させられて、どこからかあの時のサンダルの音が聞こえてきそうだった。
「秋も冬も楽しいといいです」
「そうだな。秋も冬も仲良くしような」
「あ、はいっ。仲良くしてください」
「あと、お前の十代最後の夏もいい夏にしような」
「あ、はいっ」
 こんな会話をしているうちに、家に着く最後の曲がり角まで来た。
「あぁ・・もう家です」
「じゃあ、最後に定番の質問なんだけどさ・・宿題、終わった?」
「ん・・・」
 妹の夏休みは、どうやらまだ数日は続きそうだ。俺は笑いながら玄関の
ドアを開けた。そして、俺達の初めての二人旅が今終わった・・。






《夏の最後の二人旅 〜寄り道編 完》

やったー、終わったー!
また夏が来るんじゃないかってぐらい引っ張っちゃいましたね。笑
本当に長い事お待たせしてしまって申し訳ありません。すんませんでした。
完結編、150〜200行程度だったのに、修正に修正を加えてるうちに
倍以上の量まで膨れ上がっちゃって、収拾つけるの大変でしたよ。
でも、旅の始終を事細かに報告出来て、満足度120パーセントです。
読みにくいところもあったと思いますけど、そこは素人なんでご勘弁を。
またいつか長編に出来そうな事があったら書いてみたいです。
てなわけで、ROMのみなさんおつかれさまでした!









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